| 名称 | 五輪宝筐印塔群 |
|---|---|
| ふりがな | ごりんとうほうきょういんとうぐん |
| 指定区分 | 市 |
| 時代 | |
| 年代 | |
| 種別 | 記念物 史跡 |
| 員数 | 13基 |
| 大きさ・面積・様式等 | |
| 指定年月日 | 昭和38年5月10日 |
| 地区 | 神岡町 |
| 所在場所 |
神岡町横山457 |
| 公開・非公開 | 公開 |
| 所有者 | 横山区 |
| 解説文 | 30~60㎝ほどの五輪塔、宝筐印塔が13基並ぶ。 戦国時代、神岡を治めた江馬時盛は武田信玄方に通じ越中の中地山を攻略したが、上杉謙信の越中攻めに落城した。上杉勢はなお神通川沿いに飛騨攻めを進め、時盛の三弟大島左近平重輝の軍は横山口に防戦に務め戦死傷者を多数出した。このお墓はその霊を慰めるものである。 なお上杉軍は織田信長の越中攻略の策を聞き急遽横山口よりひきかえした。 飛越にまたがる戦国史実を物語る史跡として興味深い。 |